ともいしろの雑記帳

クロアチア在住研究者の日記

小柴先生にまつわる(一方的な)思い出

日本の物理学者、小柴昌俊先生が亡くなったそうです。ご冥福をお祈り申し上げます。

 小柴先生は2002年に「天体物理学とくに宇宙ニュートリノの検出に対するパイオニア的貢献」により、ノーベル物理学賞を受賞されました。晩年は日本物理学会の巨匠の一人として、後進の育成とともに、基礎研究の重要さを訴え続けておられました。私を含む駆け出し研究者も、勇気づけられる者が多かったかと思います。

 実は、小柴先生がノーベル賞を受賞されるより前に、たまたまその講演を聞くチャンスがありました。当時、私はまだ研究者としてのキャリアを始める前で、自分の人生を何に使うか悩んでいた時期でした。そんなときに聞いた小柴先生のお話ですので、自分もけっこうな影響を受けました。今回はそんな記憶の中からの思い出話になります。尚、20年ほど前の事につき、色々と記憶違い等もあるはずです。あらかじめ、ご了承下さい。

 

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小柴先生の最大の業績が、「カミオカンデ」と呼ばれる実験装置(およびその後続の実験装置)の提唱、そしてそれを利用した「ニュートリノ」測定法の確立です。ニュートリノは素粒子の一種で、大変観測が難しいことで知られています。

 実はこのカミオカンデ、建設された当時の目的は、小柴先生の業績の中核である「宇宙から飛来するニュートリノの検出」とは若干異なっていました。初期の目標は「陽子崩壊」という、陽子という粒子が自発的に放射性崩壊する(と考えられていた)現象を観測することでした。しかしこの陽子崩壊、当時最先端の理論(SU5理論という名前がついています。)からは予言されていたのですが、結局現在に至るまで、実験的な観測には成功しておりません。くだけた言い方をするのなら、理論屋の口車に騙されて、数千億円の税金をあやうくドブに捨てさせられるところだったのです。一応「陽子崩壊は起こらない→理論を修正する必要がある!」という事実を突きつける成果を挙げることはできましたが、このままでは煮え切らない形でプロジェクトを閉じざるを得なかったのです。

 しかしここから「転んだ先に金塊が転がっていた」ような大逆転を、小柴先生達は起こします。カミオカンデのニュートリノ測定能力を宇宙線研究に転用したのです。ここで少し整理すると、実は先に書いた「陽子崩壊」の測定のためには、
 (1)陽子崩壊が起こり、色々あった後(省略御免!)、いくつかの高速な粒子が射出される。
 (2)高速な粒子がカミオカンデ内部の純水タンク内を運動する際、「チェレンコフ光」という特殊な光が発生。
 (3)このチェレンコフ光を、カミオカンデの検出器で捉える。
というステップを踏むことになります(実際には起こりませんでしたが)。ここで更にポイントとなるのが、カミオカンデが(ある意味偶然にも)以下の条件も満たしていたことです。
 (イ)チェレンコフ光自体は、陽子崩壊由来のものに限らず、荷電粒子が一定以上の高速で運動すれば、必ず出る。
 (ロ)しかしカミオカンデでは、陽子崩壊以外の邪魔を排除するため、分厚いシールドを施してあった。→このシールドを突破できるのは、宇宙から飛来するニュートリノのみ。
 (ハ)このニュートリノが電子と衝突し、高速になった電子がチェレンコフ光を出す。※ニュートリノ自体は無電荷なので、チェレンコフ光を発生させることは出来ない。

したがって、仮にカミオカンデで何らかのチェレンコフ光が観測された場合、それはほぼ間違いなく、宇宙からお越しくださったニュートリノ様が原因、という結論になるわけです。こうして、一旦は見捨てられかけたカミオカンデは、世界有数の「高性能ニュートリノ検出装置」として、第二の生涯を歩むことになりました。その後、超新星爆発からのニュートリノの検出に見事成功したことで、小柴先生とカミオカンデの評価は揺るぎないものとなりました。

 

私がお話を聞いときには、小柴先生自身は、この大逆転な展開も、ある程度予想されていたようです。なんだかんだ言っても、ニュートリノという、極めて観測が難しい素粒子を捉えることが出来るという強みは、シンプルであるがゆえに、色々な応用ができるはず、と当時から考えられていたそうです。しかしそれでも、当初狙っていた陽子崩壊が検出できなくとも、研究を継続した意志は相当なものでしょう。小柴先生の研究者としての「しぶとさ&したたかさ」は、私も見習うべきだと思います。

 ちなみに、超新星爆発に伴うニュートリノ検出の成功に関しては、ここでも負けず劣らずなドラマがあったりします。それについてはまたの機会に。

 

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